7月29日(土)心に映り行く由なしこと・・・

公開日 2017年07月29日(Sat)

 7月29日(土)肝付町後田鳥越は余りにも暑いものですから,上半身裸で短パン姿で庭をうろうろしていたら,家人の所に勉強に来た小学生の女の子に見られてしまいました。女の子は勉強が終わり,帰り際家人に聞いたそうです。「先生,どうして先生が結婚した人は,裸ん坊なんですか。」と。結婚したと言っても,もう30年も前のことなのですが,でも間違ってはいません。「夫」とか「ご主人」とか「宿六」といったような言葉が思いつかなかっただけで,定義としては立派なものです。今度その女の子に会ったら,「おばちゃんはね,土人と結婚したんだよ。おじちゃんはこの界隈の土人なんだよ。気を付けないと取って喰われるよ。でも,かろうじてパンツは履いているでしょ。」と教えてあげたいと思います。「土人」という言葉は現在では使ってはいけないのかも知れませんが,最近読んだコンラッドの「闇の奥」の中でやたら出てきたんです。自分のことを言う分にはいいでしょう。勘弁してください。(^^;

  『老犬コロの繰り言その22』です。老犬は完全に復活したようです・・・。視力が衰えてきたせいか,心なしか地面を見つめることが多くなってきたように思います。

 
老犬コロの繰り言その22
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 わしが地面をじっと見つめていると,旦那は「お前はソクラテスか?」と言うてきおった。何の話かよく分からんが,大昔のギリシャの偉い哲学者で「無知の知」を唱え,本当の賢さとは何かを考えたのじゃそうだ。まあ,暇な人がいたもんじゃ。弟子にあたるプラトンがイデア論を唱え,普遍的なるものを軸に考え,理想を追い求めたのに対して,ソクラテスは自分の足元を見つめなおしたということか。プラトンは空を見上げ,ソクラテスは地を見つめる。わしは,空を見上げることはまずない。空を見上げても意味がない。カラスやトンボが目に入るだけで,腹の足しにもならん。まして,雲なんざあ,おいしそうには見えるけど口にできたためしがない。地面にはパン屑が落ちているかもしれないし,少し大きめのアリなら食えるかもしれない。いずれにしても,目が悪うなって地面に転がっているものや這い回るものが気になって気になって仕方がないのじゃ。ソクラテスも多分そうだったんじゃろ。プラトンは著作を残さなかったソクラテスの代わりに「ソクラテスの弁明」という本を残したそうじゃが,今旦那がやっとるこの「老犬コロの繰り言」もわしの言葉を旦那が残しているわけで,旦那はプラトンなのじゃ・・・。

 旦那は近頃わしのことを「クルツ」と呼ぶこともある。kurz。ドイツ語で「短い」という意味なんだそうじゃ。コンラッドの「闇の奥」に出てくるアフリカの奥地で土人たちに崇めたてられる,頭のいかれた人物のことらしい。人(犬?)のことを,ギリシャ人にしたりドイツ人(クルツは本当はイギリス人か・・・)にしたり甚だ迷惑な野郎じゃ。サン・ジョルディ(スペイン語的にはひょっとしたら「サン・ホリディ」か?)なんてけったいなのもあったな。でも,わしにとっては名前なんてものは全く意味がないのじゃ。存在と現象があるのみじゃ。呼ばれて,わしだってことが分かれば,わしは何でもいい。名前なんてどうでもいい。行いが大切なんじゃ。今日は,旦那のせいで,いつになく哲学的になったな。「哲学」ってなんじゃ?

 この続きはまたの機会に・・・。じゃ・・・。