10月7日(土)安政の大獄・・・

公開日 2017年10月07日(Sat)

 10月7日(土)昨日とは打って変わって,秋晴れの爽やかな朝を迎えています。安政6年1859年10月7日,井伊直弼は尊皇攘夷派(開国反対派)の橋本左内,頼三樹三郎らを斬首刑に処します。安政の大獄が吹き荒れていたのです。来年のNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」の収録が始まっているそうですが,西郷隆盛が活躍するのはこの安政の大獄の時期からのようです。一橋派(井伊直弼に反対し一橋(徳川)慶喜を押す側)の島津斉彬が死没したために,薩摩は迷走し,尊王攘夷派から幕府支持へ回ります。朝廷からの密書を水戸藩に送る作戦行動に関わった西郷と僧侶月照は幕府に追われ,薩摩藩にも見放され,錦江湾を福山港へ渡り,日向の国へ逃げて行こうとします。福山へ向かうその船上から2人は入水自殺を謀ることになります。一人生き延びた西郷が奄美大島に潜居している間に,1860年3月3日井伊直弼が殺される桜田門外の変が起こります。幕府支持の薩摩藩からは有村次左衛門ただ一人,一橋派の中心水戸藩に混じり,桜田門外の変に加担します。安政の大獄の時期は微妙に揺れる薩摩藩の動きも興味深いものがあります。それに大きな影響を及ぼすのが西郷隆盛であり,やがて公武合体,大政奉還へと進むことになります。桜島は当時錦江湾の中の島に過ぎなかったわけで,当時は鹿児島-福山間が有力な海の航路だったようです。関ヶ原の戦いや西南の役等でも兵士たちの行き来に当然使われており,歴史上大きな役割を果たしていたと思われます。

 『老犬コロの繰り言その41』です。老犬は秋になり涼しくなったせいか,庭をうろうろすることが多くなりました。一通り家の周りを一周するのですが,途中で声を掛けても,無関心です。耳が聞こえないということもあるのでしょうが,おやつが貰えないということが分かっているからでしょう。おやつの時間は覚えているようです・・・。

 
老犬コロの繰り言その41
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 わしは一日の大半寝ていると言われても,わしにとって一日というのはとてつもなく長いんじゃ。特に紐につながれていると,行動範囲が極端に狭くなるから,寝るしかないんじゃ。寝ているときが一番幸せと言えば,その通りなのじゃが,ずっと寝ていたのでは死んでるのと同じじゃ。じゃから,わしは時々紐を解いてくれと催促するんじゃ。おしっこするふりをして,畑へ行きしばらく帰らなければ,爺さんも旦那も再び繋ぐのを忘れてしまうんじゃ。それをいいことにわしはあちこち探検を試みることもある,若い時ほど遠くまでは行かれないのじゃが。しばらくして,縁側に戻ると,旦那がササミジャーキーを手に持ち,わしをうまいことおびき寄せるんじゃ。わしはのこのこと旦那の側へ行き,旦那の手からササミジャーキーを貰い,その間に首に紐が付けられるんじゃ。うまいこと丸め込められるっていうことじゃ・・・。庭をうろついているところを奥様に見つかったら大変じゃ。大声で呼ばれて,奥様の側へ行くと,あっさりそのまま繋がれて,それでおしまいじゃ。あの,おやつは?って顔をするのじゃが,奥様は全く気付いてくれない。時折パンのかけらでおびき寄せられることもないことはないのじゃが・・・。

 奥様は旦那のダイエットにもうるさいのじゃが,わしに対しても太りすぎは駄目と言って,おやつのやり過ぎを注意しているみたいなのじゃ。わしを旦那と一緒にしないでくれとわしは思うのじゃが,まあわしの健康も気遣ってくれておるのじゃろ。しゃあない・・・。じゃが,旦那は奥様の目を盗んでこっそりパンを食ったりしておるのをわしは知っておる。窓の外からわしがじっと旦那を見ておると,時折仕方ないなあと言った様子で,わしに小さなパンのかけらを寄越すんじゃ。多分あれは口止め料じゃろ。旦那は自分のダイエット違反とわしへの過剰給餌という二重の過ちを犯しているんじゃ。これは重罪じゃろ。まっ,わしは何も言わないけど・・・。

 この続きはまたの機会に・・・。じゃ・・・。