2月25日(日)平昌オリンピック最終日・・・

公開日 2018年02月25日(Sun)

 2月25日(日)平昌オリンピック最終日を迎えました。今回も前回のソチ同様多くの感動をもたらしてくれました。スケートボードのパラレル大回転で前回メダルを獲得した竹内智香選手が今回もベスト8の頑張りを見せました。メダルを獲った時の竹内選手のコメントが忘れられません。「メダルが大切なのではない。メダルを獲得するまでに至ったこの4年間,8年間が大切なのだ。」という意味のことを語っていました。今回も,「スタートに着くまでが大切なのです。」と同じようなことを語っています。そして,カーリング女子チームも,メダル獲得に至るまでの過程の大切さを強調しています。日本のメダル獲得総数が13個で史上最高というのは,確かに素晴らしいことなのかも知れません。でも,メダル獲得に残念ながら至らなかったけれども,金メダル級の努力を重ねた人はさらにたくさんいるはずです。それぞれにそれぞれの物語があるのだろうと思います。それこそが,本当に価値のあるものなのだろうと思います。平昌オリンピックに出場した全ての選手に,そして平昌オリンピックを目指して涙の出るような努力をしたけれども出場ならなかった全ての選手にも,感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとうございました。

 『老犬コロの繰り言その81』です。老犬は近頃しばしば鼻の頭に黒いものを付けています。何だろうと指で擦り落とすと,老犬が食事の際に鼻を擦りつけて,鼻の上にくっついたご飯粒が乾燥したものでした。時には3,4個付けていることがあります。老犬の舌は長いので,食事の後なめ回すときに十分に届いているはずなのですが・・・。非常食のつもりでしょうか。

 
老犬コロの繰り言その81
PAP_0253

 垣内春さん(1900-85)は旦那が朝起きて来なければ,高齢のために思うように脚は動かせないのに,2階の途中まで上がってきて大きな声で「朝ですよ。」と起こされたそうじゃ。旦那はわざわざ春さんに起こしに来てもらうのが申し訳なくて,少しずつ早起きをするように努力したようじゃ。家庭教師のために旦那の帰りが遅くなっても,いつも旦那が帰って来るまで寝ないで待っておられたのじゃ。大抵8時には床に就いておられたのに,旦那の帰りが9時を過ぎるときには,玄関に鍵をした状態で起きておられた。閑静な住宅街ではあったが,夜鍵をしないでいるのは不安だったのだ。大きな家に一人でいるというのが本当に怖かったのじゃろう。旦那は夜遅く帰って来ると,耳の遠い春さんに帰宅を知らせるために居間の所の窓をコツコツ叩かなければならなかった。春さんの家の玄関にはちゃんとした鍵ではなくつっかえ棒が使ってあったのじゃ。じゃから中から春さんに開けてもらわなければ入れなかったのじゃ。大きな家ではあったが,かなり古い屋敷であったので,現代の造りとは随分違っておったということじゃ。旦那が大学3年生の途中から何を考えてか,週1回神戸の中華料理屋さんでアルバイトを始めると,帰りが夜中の10時を過ぎるようになった。それでも春さんは,旦那の帰りを起きて待っておったのじゃ。どんなに遅くなっても帰って来てくださいと言われておったという。ところが,大学4年になると中華屋のマスターに午前1時30分までやってくれと言われると,旦那は断れなかったのじゃ。当然下宿に帰ることはできなくなった。今思えば春さんの落胆ぶりは如何ばかりだったのじゃろうか。旦那の気が利かないことと言ったら,もう際限がないわい。

 旦那が大学4年生の後半になると,春さんはことあるたびに,「私ももう長くはありません。」と旦那に語っておられたそうじゃ。確かに体調は悪かったようじゃ。毎週病院通いをされておったが,バスを使っておられると旦那は思っとった。当時の国鉄西宮駅からいつも「姫路の御座候」という回転焼きを買って来られたからじゃ。春さんの自宅から100メートルほど下った所を阪急電車が走り,その線路の脇に西宮駅方面へ走るバスの停留所があったのじゃ。確かに最初はバスであったようじゃが,最後の頃はどうじゃったのか,旦那にも定かではないようじゃ。もう30年以上前のことじゃからのお。じゃが,旦那は春さんとのことは昨日のことのように覚えておるようじゃ。春さんと直接関わったことだけは・・・。

 この続きはまたの機会に・・・。じゃ・・・。