11月14日(火)牧髙之碑に想う・・・

公開日 2017年11月14日(Tue)

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 11月14日(火)朝から雨に祟られた牧之原でしたが,昼前には上がり曇り空が広がっています。何気なく校庭を歩いていたら,武道館前の「牧髙之碑」に目が止まりました。鹿児島県立福山高等学校は,昭和60年旧県立福山高等学校と牧之原高等学校が統合して誕生しました。当初は鹿児島県立牧之原高等学校と称していたようですが,昭和62年鹿児島県立福山高等学校と校名変更します。この「牧髙之碑」は旧牧之原高等学校の記念碑のようです。創立は昭和23年にまで遡り,当時の県立福山高等学校の併設町立福山高等学校として誕生したのだそうです。その後,昭和48年には鹿児島県牧之原高等学校と校名変更して,昭和63年に閉校しています。最後の3年間は新制鹿児島県立牧之原高等学校(のちに福山高等学校)と同じ敷地に位置していた,と言うより現福山高校が当初は間借りしていたわけです。その鹿児島県牧之原高等学校が閉校するときに,設置されたのがこの「牧髙之碑」でしょう。当時の校歌も刻まれています。隣には,亡師亡友之碑も置かれています。当初この地には鹿児島県牧之原高等学校があったのだということを静かに主張しています。

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 「牧髙之碑」からさらに武道館側に目を移し,さらにさらに左側を見ると,もう一つ「亡師亡友の碑」があります。こちらは,現県立福山高等学校の10周年の際に設けられたもののようです。その頃はまだ卒業生も30歳前のはずですが,不幸にも若くして亡くなられた方がおられたのかも知れません。あるいは,当時の教職員の中にお亡くなりになられた方があったのでしょう。これらの記念碑はそれぞれ福山高校の歴史を見守ってくれています。

 先日南日本放送(MBC)から思いがけない連絡がありました。昭和47年の太陽国体で旧福山高校のボート部が優勝しているのだそうです。その時の映像がMBCに残されており,それを今月27日夕方6時55分からの「MBCアーカイブス 昭和のふるさと」で放映されるということです。その映像の中で,ボート部顧問の古賀瑠美子先生が優勝を決めた際に湖(大隅湖?)に投げ込まれます。その古賀先生のお名前の確認依頼がMBCからあったのです。資料を捜していたら,古賀先生が生徒たちに湖に投げ込まれる写真が出て来ました。映像の方は鮮明で実に心温まる感動的なものだそうです。わずか5分足らずではありますが,11月27日(月)夕方6:55MBCテレビをお見逃しなく・・・。